絶対に変えられない運命

どう頑張っても抗えない誰にでも訪れる共通のゴール。

それが「死」です。

輪廻転生とか来世とか信じることは悪いことではないと思っていますが、とりあえず今の肉体が死を迎えることは避けられません。

魂がどうなるかという議論もあるかもしれませんが、自分が死を迎えた後にしかわからないことです。

生きることさえ平等ではありません。生きる時間は不平等で、いつ自分に死が訪れるかはわかりません。

ただハッキリとわかっていることは、私もあなたもいつか死を迎えるということです。

それは明日、突然やってくるかもしれません。10年先、20年先、もっともっと先かもしれません。

でもいつか必ず私は死にます。

それは絶対に捻じ曲げられない事実です。

私はこの事実に向き合うことが物語のゴールを決める第一歩でした。

まず私が考えたことは、

2日後死ぬとしたら何をするか?

ということです。

猶予は1日。

時間、お金、場所などの制約はとっぱらって、何でもできるとしたら残された1日で何をするのか考えました。

そして最初に思い浮かんだことが、「ウユニ塩湖を見に行きたい」ということでした。

 

そしてウユニ塩湖を見ている自分の姿を想像してみました。

そこにいる私は、子供の頃のように無邪気な笑顔で大自然の美しさを満喫していたのです。

明日死ぬとわかっていても、私は笑っていました。

私の中の物語の結末は「自分の人生は素晴らしかったと満足気な表情で最期を迎えることです。」

もっと生きたかったと嘆くような結末は絶対にごめんです。

その満足気な表情で最期を迎えるのに必要なのが「自然の美しさや偉大さに触れること」だと、死を迎える自分を想像して気付くことができました。

私は幼い頃の両親の離婚を経験して、家族からの愛情を求めているのかと思っていました。

ゲームを始めたら何時間と続けてしまうほど夢中になることがあったので、楽しさや熱中できるものを求めているのかと思っていました。

辛い時に音楽で励まされたことが何度もあったので、好きな音楽を浴びるほど聴くことが自分の求めることかと思っていました。

でも、明日死ぬと考えたときに1番最初に思い浮かんだことは、「ウユニ塩湖を見に行くこと。」でした。

それぞれ想像してみました。

家族から「今までありがとう。」と言われながら迎える最期、私は笑顔でありながらもどこか悲しげな表情をしています。

何かに熱中しやり切った後の最期、私は満足気ではありましたがどこか疲れたような表情をしています。

音楽と迎える最期、私は涙と笑顔が混じりあう切ない表情をしています。

何度も想像してみましたが、すべて、ウユニ塩湖を見たときの自分の表情には敵いませんでした。

そんなに私は大自然を味わうことが好きなんだと、自分でも驚いたことを覚えています。

自分の求めているものが明確になったとき、ゴールも苦労することなく決まりました。

大自然に囲まれながら、音楽を聴いたり、信頼できる仲間や家族と談笑して暮らすことが私の心が求める幸せであり物語の結末です。

わかりやすく言うと、毎日キャンプファイヤーしているようなイメージですね。

今の私はこの物語の結末に従って行動し、その結末へと向かっています。

しかしその理想の結末を迎えるまでには、様々な困難が私を襲うことが予想されます。

 

自分だけの物語を描くためのヒント

  • 私たちは必ず死を迎える
  • 私たちの人生の結末は死である
  • 私たちは死の迎えかたを考えるべきである
  • 笑って死ぬか、泣いて死ぬか、それは私たちが描いてきた物語とそれまでの私たちの行動によって決められる

 

 

-ストーリーシンキング, 自分とは
-, , , ,

© 2020 Tatsuro Mochizuki