モンティホール問題にみる人間の思考と感情

私自身もモンティホール問題の理解に時間がかかってしまった一人です。

この問題が気になって気になって仕方なくなってしまったので、Googleで検索しつつ自分なりにモンティホール問題について考察してみましたので、共有したいと思います。

考察を始めたばかりの頃は、「モンティホール問題=数学(確率)の問題」だと思っていましたが、それだけではなくて、人間の行動心理が関わっていることに気付いたので、それについてお伝えしていきます。

 

モンティホール問題の概要はこちらのサイトがわかりやすいと思います。

モンティホール問題とその解説

 

※プレイヤーが「ドアを変えるべき」という判断を知った上での考察になります。

 

まずはこの問題の重要なポイントをおさらいしておきます。

 

ポイント1.1回目の選択ではプレイヤー側が無作為に1度だけドアを選ぶということ

ポイント2.プレイヤーが選んだドア以外のハズレのドアはすべて取り除かれるということ

ポイント3.2回目の選択は必ず選択肢が2つあって、どちらを選ぶかはプレイヤーの意思で決められるということ

ポイント4.2回目の選択するドアのどちらかが必ず当たりだということ

 

まず私が疑問に思ったことが、「2回目の選択時に必ずドアが2つになるのに、なんで1回目の選択があるのか?」ということでした。

ただ単に2つのドアから当たりを引くような、"運勝負にするのではつまらないから"だというのはわかっていましたが、1回目の選択を行うことで"どう面白くなるのか?"がわからなかったのです。

 

その時は「本当に確率変わるのかな?」という疑問も生まれて、実際に図で書いたりもしました。

 

この前提は覆ることはなくて、どちらかの選択が有利で、どちらかの選択が不利になることは間違いありませんでした。

 

もちろん、色んなサイトで解説されているように、最初に選んだドアを変えることが確率上は良い判断だと言えます。

 

この有利不利を生むことが、1回目の選択を行わせる目的です。

 

これが私が最初に疑問に感じた答えになります。

 

有利不利を作り上げ、プレイヤーを心理的に追い詰め、不利な状況をプレイヤー自ら選択させるための1回目です。

 

さらに、この1回目の選択がどんな状況だったのかも気付くことができました。

 

この1回目の選択というのは、モンティホール問題を実行する上で、プレイヤー側にとって最も不利な状況だったのです。

 

選択するドアの数を増やしてみるとすぐわかります。

 

1回目の選択で、ドアが1枚と2枚の状況ではモンティホール問題自体が成り立ちませんので、ドアが3枚という状況は、この問題を実行するために必要なドアの枚数の最小枚数となります。

 

実はこの状況は、プレイヤーにとって最も当たりを引く確率の低い状況なんです。

 

なぜなら、ドアの枚数が少なければ少ないほど、1回目の選択時にプレイヤーが当たりを引く可能性が高いからです。

 

1回目に当たりを引いてしまった場合、2回目の選択時にドアを変えると必ずハズレを引くことになります。

 

つまり、1回目の選択時に当たりを引く確率が高ければ、モンティホール問題自体の肝である、「2回目の選択はドアを変えるべき」という結論が成り立ちません。

 

この問題では、1回目の選択は、ハズレを引いたほうが良いのです。

 

ということは、プレイヤーにとって、1回目の選択はドアが多ければ多いほうが良い状況ということになるのです。

 

数字で見たほうがわかりやすいですね。

 

1回目の選択時のドアの枚数による当たりを引く可能性

(2回目にドアを変えた場合、当たりを引く可能性)

3枚:約33%(66%)

4枚:25%(75%)

5枚:20%(80%)

10枚:10%(90%)

100枚:1%(99%)

1000枚:0.1%(99.9%)

1万枚:0.01%(99.99%)

10万枚:0.001%(99.999%)

 

このようにドアの枚数が増えれば増えるほど、プレイヤーが当たりを引きやすくなります。

 

数字で見てもわかるとおり、3枚のドアの中から1枚選ぶという状況は、プレイヤーにとっては最も不利な状況になるのです。

 

 

この状況は、プレイヤーに混乱を招きます。

 

正確な確率が把握しづらいからです。

 

仮に1回目の選択時にドアが1,000枚あったとします。

 

このとき、プレイヤーが1回目に当たりを引く確率が低いことは直感でもわかりますよね?

 

モンティホール問題の場合、最初のドアの枚数が多いと自分の状況を理解しやすく、最初のドアの枚数が少ないと自分の状況を理解しにくくなります。

 

そして追い打ちをかけるように、司会者が「ドアを変えますか?」とプレイヤーに判断を問いかけてくるのです。

 

今こうしてドアを変えるべきか変えないべきか、わかっている状況においても、おそらく判断に迷います。

 

「そんなことはないよ。迷わないよ」と思った方もいるかもしれませんので、もしハズレを引いた場合は「死ぬ」ことにしましょう。

 

こう考えると司会者が死神のように見えてきませんか?

 

そして司会者はあなたにこう問うのです。

 

「ドアを変えれば67%の確率で生き延びることができ、

ドアを変えなければ33%の確率で死んでしまいます。

 

 

もちろん、ドアを変える方が、生き延びる可能性は高くなります。

 

しかし、ハズレを引いて死ぬ可能性も33%あります。

 

 

100人がこの問題に挑戦したなら、33人は死んでしまうということです。

 

あなたはこの状況でも、ドアを変えますか?

 

もしかすると、最初のドアが当たりだったかもしれないですが、大丈夫ですか?

 

あなたが最初に選んだドアが当たりかもしれないですよ?

 

後悔はしないですね?

 

 

それでは開けていただきましょう!

 

オーープン!!!」

 

 

 

今あなたが感じたことが、モンティホール問題でプレイヤー側になった人の心理です。

 

人は不安や恐怖を感じると、理性的な判断が鈍ります。

 

実際のモンティホール問題では当たりを引けば、懸賞がもらえるので、こんな風にプレイヤーは思うはずです。

 

「ドアを開ければすぐそこに俺の欲しかった車がある...確率を信じるか、それとも自分の直感を信じるか...」

 

あと少しで高価なものが手に入ると考えると、欲が出ます。

そしてこんな風に考えが変わっていきます。

 

「確率を信じて外したとき、後悔するかもしれない...それなら確率は低いけど、自分の直感を信じて後悔しない方を選びたい。」

 

.....。

 

このプレイヤーはどちらを選んだのでしょうか。

 

これがモンティホール問題の真の意図だと私は思います。

 

数字だけでは判断できない人間の欲深さと、感情の葛藤を生み出すこと。

 

1回目の選択時にドアを3枚にすることによって、非常に曖昧な確率を生み出しています。

 

その曖昧さがプレイヤーの頭を混乱せるというわけです。

 

このように人間は選択に迷ったとき、欲望と感情に突き動かされてしまうわけですね。

 

 

では、ある程度、選択がハッキリしているときはどうでしょうか?

 

今度はモンティホール問題の最初のドアの枚数を1,000枚にして想像してみてください。

 

 

 

 

 

きっとあっさりと決まってしまったと思います。

 

「ドアを変える」

 

そう判断したのではないでしょうか?

 

 

このように人は、物事がハッキリしているときには、合理的な判断ができるのです。

 

しかし、情報が多くてどうするべきかよくわからないとき、進む道が多すぎて判断に迷うとき、頭の中がぐちゃぐちゃになっているとき、というのは感情と欲望に飲み込まれやすくなるのです。

 

私はこのモンティホール問題を考察していて、人間心理を上手に突いているなぁと思うと同時に、人間の行動心理についても理解が深まりました。

 

追い込まれたときにこそ、その人の本性が出るのかもしれませんね。

 

 

 

 

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© 2020 Tatsuro Mochizuki