たった1つの小さな悩みが私に与えた大きな影響

10年前、私は母の再婚を素直に喜べなかった。

私が7歳の頃、両親が離婚し、それから女手一つで母に育ててもらった。

でも...

何もかもが順調だったわけではなかった。

母は仕事で忙しく、家にいない時間が長かった。

時には日付を超えて帰宅するほど忙しかった。

ところが私と妹と母の3人の生活は貧乏そのもので、

ガス、水道、電気料金の滞納で

毎月いずれかが止まるのが当たり前だった。

穴の空いた靴下は捨てずに

自分で縫って履くこともよくあることだった。

 

「なんでお母さんは仕事ばかりしているのに、うちはこんなに貧乏なのか?」

でも私にとって、家の電気が止まることも、生活に必要なものが買ってもらえないこともどうでもよかった。

私の子供の頃の願いはただ1つ。

「お母さんにもっと家に居て欲しい」

それだけだった。

どれだけ貧乏でもいいから、母には18時頃に帰ってこれるような仕事を選んでほしかった。

そうすれば、私は寂しい想いをしなくてすむ。

一人、勉強机に伏せながら涙を流さなくてすむ。

でもその願いは叶わなかった....

母が再婚すると聞いたとき、私は素直に喜べなかった。

それはたぶん、今まで我慢してきた母への不満が祝福する気持ちを上回ったからだと思う。

 

「自分だけ幸せになろうとしてんじゃねーよ!!!」

 

母に対して吠えるようにそう叫んでいてもおかしくはなかった。

でも私は自分の気持ちは抑えた。

母の悲しむ姿は見たくなかったからだ。

今まで抱えてきたストレスも、母の再婚によって爆発した母に対する憎しみも、すべて自分の心の奥にしまいこんだ。

「祝い事だもんな、祝福しなきゃ」

そう思って私はなんとか母への感情を爆発させずにすんだ。

でも、それが良くなかった。

それからの私は、睡眠薬を飲まなくては眠れないほど考え込むようになり、それに伴い仕事にも集中できなくなっていった。

結局、私は仕事を辞めるしかなかった。

自分の心をなんとか正常に保つためには、仕事を辞め療養する必要があった。

その後、なんとか仕事ができるくらいには回復したが、まだまだ私の心には"しこり"が残っていた。

何で俺は生きてるんだろう...?

睡眠薬を見ながらそんな風に考えることが多くなっていった。

何をしても無気力。

楽しさという感情を失った。

適当に仕事を選び、生活費を稼ぐために適当に働き、無気力な私を上司が怒鳴りつける。

無気力な私の心に上司の声など響くわけもなく、私は仕事を転々とした。

どの職場でも似たような出来事がおき、その度に同じように仕事を辞めていった。

無気力な自分の心を治さないとダメなことはわかっていたが、何をすれば治るのかわからなかった。

この状態が10年続いた。

私の20代は、ずっと無気力だった

たった1つの悩みが原因だった。

「母に対する不満」

これをあのとき解消していたら、今よりも遥かに楽しい20代を過ごせたことは間違いない。

でも、あのとき苦悩し続けたからこそ、自分の人生について深く考え、「何のために生きるのか?」の答えが出たことも間違いない。

私の20代は、一般的な人が通る20代とは違ったと思う。

でもそれもまた良い経験だった。

今はそう思える。

そして、不満を抱え込むことの恐ろしさも知ることができた。

小さな悩みが私達に与える影響は、私達が考えている以上に大きい。

私が10年前の自分にアドバイスをするのなら、

「自分の素直な気持ちを伝えろ」

こうアドバイスすると思う。

 

ほんの小さな悩みでも、ガンのように次第に自分の体を蝕むこともあることを知っておいてほしいなと思う。

-メンタルヘルス, 著者

© 2020 Tatsuro Mochizuki