幸せの定義

幸せは心が満たされたときに
感じるものだと思っていませんか?

素敵な人との出会いがあれば幸せになれる。

使い切れないほどのお金があれば幸せになれる。

優良企業に勤めることができれば幸せになれる。

美味しい食事をすれば幸せになれる。

家族との問題が解消されれば幸せになれる。

今の悩みが無くなれば幸せになれる。

このように
自分が求めているものを
手にしたときに幸せが訪れる。

と考える方が多いかもしれません。

それでは
日本人と貧しい国で暮らす人の幸せに
違いはあるのでしょうか?

日本人の場合は、
毎日三食のご飯が食べられて、
体に病気を抱えず
安定した収入があることが
幸せだと感じる方は多いと思います。

貧しい国で暮らす方の場合、
生きていることが幸せだ
と感じる方も多いと思います。

その人の暮らす国の文化や
生活環境によって
幸せの在り方というのは変化します。

つまり、
幸せの定義は
"人によって変わる"
ということが言えます。

8時間ぐっすり睡眠できたら幸せだ
と感じる方もいますし、

焼き肉をたらふく食べたら幸せだ
と感じる方もいます。

では、その人の持つ
”欲求”を満たすことが幸せだ
と言えるのでしょうか?

私は小さい頃、
母と妹と私の3人で
楽しく食事をしていたときに幸せだ
と感じたことがあります。

高校を卒業して就職してからは
会社のボーナスが想像以上に多かったときに
幸せだと感じたこともあります。

朝早く目覚めて
澄んだ空気を吸いながら
ランニングをしていたときに
幸せだと感じたこともあります。

たしかに
欲求を満たしたときには
幸せだと感じたことが多くありました。

でもその幸せだと感じる心は
次々と新しい幸せを求めていったのです。

そこで私の中に疑問が生まれます。

「これは幸せじゃなくて、
欲求を満たしているだけなのでは?」

「欲求と幸せはイコールではないのでは?」

そう思うようになったのです。

欲求を満たせば、
また新たに別の欲求が生まれ、
その別の欲求を満たせば、
また新たに欲求が生まれる。

いつまで経っても
満たされない心の状態を
本当に幸せだと言えるのか?

結局のところ私は、

「欲求を満たされ
満足している心を
幸せだと勘違いしている」

そう感じるようになったのです。

じゃあ、幸せってなんなの?

そう思いますよね?

そこで私が出した答えは、

「幸せだと思う"気持ち"」

でした。

つまり"捉え方"です。

例えば、

道端で偶然、四つ葉のクローバーを見つけた!

Aさんはこの出来事を幸せだと捉え、

Bさんはこの出来事を不幸だと捉えました。

このとき、
Aさんは幸せの状態にありますが、
Bさんは幸せの状態にありません。

全く同じ体験をしても
幸せになる人と、
幸せにならない人がいます。

ということは、

幸せとは、

その人自身が幸せだと思うかどうか

ということになりますね。

「今日もぐっすり眠れて幸せ」

と思うかどうか。

「朝日がまぶしくて幸せ」

と思うかどうか。

「借金あるけど幸せ」

と思うかどうか。

何かを満たさなくても、
自分が幸せだと思えば
誰でも簡単に幸せになれるのです。

幸せは"気持ち"のことです。

その気持ちは、
友人でも両親でも兄弟でもなく、
自分の気持ちです。

モノや行為でもなく、
自分の気持ちです。

外から生まれるものではなく、
内から生まれるものです。

部屋の壁紙を見て、
幸せだと思えば、
幸せになります。

誰かが幸せを運んできてくれるわけでも、
物自体に幸せがおまけとして付いてくるわけでもありません。

自分がどう思うか?

それが幸せの定義です。

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© 2020 Tatsuro Mochizuki